葬儀を終え、多額の費用を支払った後、多くの方が「この費用は、確定申告で医療費控除のように所得税から控除できないのだろうか」という素朴な疑問を抱きます。一年間に多くの医療費を支払った場合に、その負担を軽減してくれる医療費控除の仕組みに馴染みがあるからこそ、同様に葬儀費用も控除できるのではないかと考えるのは自然なことです。しかし、残念ながら現在の税法では、葬儀費用を所得税の計算上、経費や控除として計上することは認められていません。この理由を理解するためには、所得税と相続税という二つの税金の根本的な違いを知る必要があります。まず、所得税とは、個人が一年間に得た所得、つまり儲けに対して課される税金です。医療費控除や生命保険料控除といった各種控除は、個人の生活上の特別な支出を考慮し、税負担を調整するために設けられています。例えば医療費控除は、予期せぬ病気や怪我による家計の圧迫を和らげるという目的があります。一方で、葬儀費用は、個人の所得活動とは直接関係がありません。それは、人の死という出来事に伴って必然的に発生する儀式のための費用です。税法上、この費用は亡くなった方の財産を清算する過程で生じるものと位置づけられています。そして、この財産の清算と移転に関わる税金が相続税なのです。相続税は、亡くなった方が残した財産(遺産)を受け継ぐ際に課される税金です。その計算の過程で、遺産の総額から葬儀費用を差し引くことが認められています。これは、葬儀費用が遺産の中から支払われるべき性質の費用であるため、その分を差し引いた後の純粋な財産に対して課税するのが公平である、という考え方に基づいています。つまり、葬儀費用は「生きている人の所得」に対する税金である所得税の管轄ではなく、「亡くなった人の財産」に対する税金である相続税の管轄で処理されるべき費用なのです。税金の種類によって、その目的や仕組み、哲学が全く異なるということを理解すれば、葬儀費用がなぜ相続税でのみ控除されるのか、その理由がお分かりいただけるかと思います。